法話 他人を自分と見る心

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法話集
「雨風の 恩をそめ出す 紅葉かな」

今年も紅葉の季節となりました。

この季節には、美しい紅葉を見に出かけられる方も多くいらっしゃることでしょう。

この紅葉が真っ赤に美しくなるかどうかは、いくつかの条件があるそうです。

夏の時期には日照時間が長くて暑いこと、そして、紅葉する時期には昼夜の気温の差が大きいことなどがあげられます。

厳しい暑さと寒さを経た時に、私たちは美しい紅葉を見ることができるのです。

 

この紅葉を私たち人間に置き換えて考えてみるとどうでしょうか。

人生の中で様々な経験を積んでいくと、その人その人の味が深くにじみ出てきます。

つらい苦しみや大きな感動を経験することで、私達の人間性も深められていくように思われます。

 

さて、平成二十三年三月十一日に、東日本大震災がおきまして、多くの方々が被災されました。

そして、その被災者の方々へ向けて、日本国内さらには国外からも多くの支援が寄せられています。

私のお寺がある広島市におきましても、仏教各宗派のお寺が集まって組織された広島市仏教会で、街頭での募金活動をしました。

数十名の各宗派の僧侶が法衣姿で「東日本大震災義援金募金」と書かれた幟と募金箱を持ち、三日間街頭に立ちますと老若男女問わず、沢山の方々が募金をしてくださいました。

そんな中で、ある中年の男性の方が募金箱へ募金されるときに、「頑張りましょう」とおっしゃいました。

その言葉に私はハッとさせられました。「頑張ってください」ではなく、「頑張りましょう」なんだと。

私はどこか「自分は支援する側なのだ」という気持ちがありました。

支援する側と支援される側とを分けて募金活動をしていたのです。

しかし、この時募金して下さった男性はそれを超えて、「相手と共に一つとなって頑張っていかなくてはならない」ということを私に教えてくださいました。

 

これは、妙心寺の管長をつとめられた山田無文老師がまだ若い頃に、河口慧海老師の講義を受けられた時のお話です。

「『この地上を全部牛の皮で覆うならば、自由にどこへも跣足(はだし)で歩ける。

が、それは不可能である。しかし自分の足に七寸の靴をはけば、世界中を皮で覆うたと同じことである』

(中略)  この世界を理想の天国にすることは、おそらく不可能である。

しかし自分の心に菩提心をおこすならば、人類のために自己のすべてを捧げることを誓うならば、

そして人類と自己とは別ものでないという知恵と愛情が自覚されるならば、

世界は直ちにこのままで天国になったにひとしい。

というのである。

わたしはどんなに感激してこの一文を読んだであろう。

この言葉がわたしの心に第二の転機を与えたのである」

(山田無文老師著『わが精神(こころ)の故郷(ふるさと)』禅文化研究所)

 

菩提和讃というお経の中にこういう一節があります。

「他己(ひと)をも自己(われ)と覚(し)るならば、これぞ菩薩の浄土なり」。

他人のことを自分のことのように思う心が目覚めた時、この世界は慈しみの深い観音菩薩さまがいらっしゃるような美しい浄土の世界となるというのです。

 

この世界をすべて自分の理想で覆うことは、不可能です。

しかし、世界と自分は別のものではありません。

自分の中に菩提心を持ち合わせたら、他人が苦しんでいる時に自分も同じように苦しんで、手を差し伸べずにはいられないことに目覚めます。

その心こそが私たちの持っている仏の心なのです。

自分が仏の心に目覚めたら、他人を仏の心で覆っていけるのです。

それができるのは、数限りない多くの生き物たちの中でも私たち人間だけなのです。

この未曽有の大震災による苦難の中で、他人を自分と思える仏の心に目覚め、共に頑張って乗り越えていこうとする姿は、紅葉で彩られる山々のように美しい姿なのではないでしょうか。

(妙心寺「花園会」の月刊誌 平成二十三年十一月号原稿 觀音寺副住職)

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