座禅会 日々好日となる

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新年を迎えました。本年もよろしくお願いいたします。

本日は、第2土曜日で、恒例の座禅会を開催いたしました。

今回は、初参加の方、4名を含め、14名の方がご参加くださいました。

ご参加いただきまして、ありがとうございました!

25分の座禅を2セットした後、お話をさせていただきました。

本日のお話は、「日々是好日」の禅語に因んだお話。

日々是好日とは、中国の唐末期の禅僧、雲門大師の言葉です。

「十五日以前のことは君達に問わない。十五日以後、一句言ってみなさい。」

修行僧が誰も答えないので、自らいわく「日々是好日」

これからをどのような心境で生きていけばよいのか。

楽しい日もあれば、苦しい日もあるのに、雲門大師はなぜ、「好日」と言われたのでしょう。

江戸時代の禅僧、良寛さんにこんな逸話があります。

良寛さんが家々を托鉢しておりますと、とある家から家の人達が出てきました。

良寛さんを縄で縛り、鞭でたたいた上、土に穴を掘って埋めようとしました。

実はこの家は泥棒に入られ、良寛さんを泥棒と勘違いしたのです。

その場に居合わせた人が、「この方は良寛和尚ですぞ。」と言うと、

家の人達は、驚いて縄をほどき平謝りして、「なぜ濡れ衣だと言われなかったのですか?」

と聞くと、良寛さんは「何事も因縁じゃからのう。」と言って静かに去っていきました。

悪い出来事も、自分の因縁だとそのまま受け止めていく、そんな良寛さんの言葉に

「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候 死ぬる時節には死ぬがよく候

是はこれ災難を逃るる妙法にて候」という言葉があります。

苦しい事を悩み続ければさらなる災難となる。受け止めて生きるのが仏教の生き方なんです。

仏教を開いたお釈迦様は、煩悩で苦しむ凡夫と仏弟子との違いについて、

第二の矢を受けるか否かだと説かれています。

凡夫も仏弟子も人間である以上、様々な出来事から何か(苦楽)を感受し、

様々な感情(喜怒哀楽)が生まれてきます。例えば、凡夫は、

好ましく(快く)感じたものに対しては、嬉しい感情が生まれ、さらに執着し求めて、貪る。

嫌に(不快に)感じたものに対しては、憎悪の感情が生まれ、さらに執着し嫌悪し、怒る。

凡夫はその感情に振り回され、第二の矢(貪り怒りの煩悩で悩む苦しみ)を受けてしまう。

しかし、仏弟子は第一の矢を受け(苦楽を受け感情が生じ)ても、それに振り回されません。

このように、お釈迦様は、第二の矢を受けないよう、生きていきなさいと説かれています。

昨年も色々な出来事が起きた年でした。今年も色々な出来事が起こるでしょう。

不安を煽る報道もあるでしょう。でも、家族、近所、地域の方と協力すれば何とかなります。

大変な事もしっかり受け止め、一緒に乗り越えて行けば、人生の貴重な1ページとなります。

悪い出来事と思ったことでも、貴重な出来事、「日々是好日」にしてまいりましょう。

このような話をいたしました。

お話の後、参加者の皆さんには、お茶とお菓子をお持ち帰りいただきました。

それでは、本年も坐禅会をよろしくお願いいたします!

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